【ゼロからの挑戦】母子留学スタート!14歳の娘とシンガポールへ飛び立った理由

〜よく聞かれるこの質問に、いま改めてお答えしたいと思います〜
こんにちは。
AS Global Education代表の岡芳子です。
私は現在、オーストラリア・ブリスベンを拠点に、親子留学・母子留学を中心とした留学サポートを行っています。
この仕事をしていると、保護者の方からよく聞かれる質問があります。
「どうして母子留学をしようと思ったのですか?」というものです。
これは、私と娘の人生においてとても大きな出来事でしたし、今の私の原点とも言える経験でもあります。だからこそ、今回はあらためて、当時のことを振り返りながら、母子でシンガポールへ渡航した背景や私の想いについて、丁寧にお話ししたいと思います。
■「このままでいいのだろうか」——心の中の小さな違和感

娘が14歳になり、日本の中学生活に少しずつ慣れてきたころ。
私はふと、心の中に小さな違和感を覚えました。
毎日決まったスケジュール、横並びの進路、目の前のことをこなしていく日々。
その中で、本当にこのままで彼女らしさを伸ばしてあげられるのだろうか?と感じたのです。
もっと自由に、もっと柔軟に、もっと世界を広く見られる環境で、娘自身が「自分の未来」を考えられるような経験をしてほしい。
その思いが少しずつ形になっていき、「海外で学ぶ」という選択肢が頭をよぎるようになりました。
■ たどり着いた場所:シンガポール

最初は手探りのスタートでした。
いろんな国の教育制度や治安、言語環境を調べていく中で、私たち親子に合っていると感じたのが、シンガポールでした。
•治安が良く、安心して生活できる
•英語と中国語のバイリンガル環境
•アジア圏で日本とも文化的に距離が近く、馴染みやすい
•教育水準も高く、多国籍な価値観に触れられる
何より、「ここでなら、娘の世界がもっと広がるかもしれない」と直感したのです。
■ 英語も中国語も話せない。でも、飛び立った

とはいえ、私も娘も、英語も中国語もほとんど話せない状態からの出発でした。
海外で暮らしたこともなく、現地に頼れる知人もいない。ゼロからのスタートです。
「本当にできるのだろうか」という不安は、正直ありました。
それでも、“今、動かなければ何も変わらない”という気持ちが勝ちました。
そして、14歳の娘と二人、スーツケースひとつを持ってシンガポールへ飛び立ちました。
あの時の空港の空気と、娘の横顔を、私は今でも鮮明に覚えています。
■ 不安と戸惑いの中で、少しずつ育っていった「自分の足で立つ力」
現地での生活は、やはり簡単ではありませんでした。
言葉の壁、学校の仕組み、文化の違い……毎日が「小さな挑戦」の連続でした。
娘も初めの頃は、戸惑いながらも、新しい環境に少しずつ慣れようと一歩一歩前に進んでいました。
私自身も慣れない海外生活の中で、彼女と同じように学び、支え合いながら日々を乗り越えていきました。
その過程で何度も実感したのは、「自分の道は、自分の足で歩かないと始まらない」ということです。
もちろんサポートはできます。でも、最終的に一歩を踏み出すのは本人。
その勇気と意思があってこそ、本当の成長につながるのだと、あらためて気づかされました。
■ バイリンガルへの道と、広がった世界
シンガポールでの生活を通じて、娘は英語と中国語の両方をしっかりと身につけました。
言葉を学ぶということは、文化や価値観を知るということでもあります。
多国籍な環境の中で育った彼女は、自分の意見をしっかり持ち、多様な考え方を受け入れる柔軟性も身につけていきました。
ただ語学ができるだけでなく、“世界で生きる力”を自然と育んでくれたのです。
■ この経験を、今必要としている方へ届けたい
現在私は、あのときの経験をもとに、AS Global Educationを立ち上げ、母子留学や親子留学を希望するご家庭をサポートしています。
今、もし「子どもにもっと広い世界を見せたい」と感じている方がいたら。
かつての私のように、心の中に小さな違和感や希望を持っている方がいたら。
ぜひ、私たち親子の経験を通じて、「その一歩には価値がある」ということを感じていただけたら嬉しいです。
■ 最後に
留学は特別な人だけのものではありません。
そして、完璧な準備が整ってからスタートするものでもありません。
大切なのは、「変わりたい」「経験させたい」という親の想いと、子ども自身の力を信じること。
その信じる力があれば、ゼロからでも、どこからでも、新しい未来を切り拓いていけます。
これからも、私たち親子の体験をもとに、リアルな情報と心からのサポートをお届けしていきたいと思います。
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